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山田和樹指揮バーミンガム市交響楽団金沢公演(2023年6月27日)

2023年6月27日 (火) 19:00~ 石川県立音楽堂コンサートホール
1) ブラームス/ヴァイオリン協奏曲ニ長調, op.77
2) エルガー/交響曲第1番変イ長調,op.55
3) ウォルトン/映画「スピットファイア」~前奏曲
●演奏
山田和樹指揮バーミンガム市交響楽団,樫本大進(ヴァイオリン*2)

Review

待望の山田和樹指揮バーミンガム市交響楽団の金沢公演を石川県立音楽堂で聴いてきました。山田さんは,2018/2019シーズンからこのオーケストラの首席客演指揮者を務めており,今回はこのオーケストラとの「来日」公演ということになります。かなりのハードスケジュールのツァーで,金沢はその折り返し地点ぐらいだったとのことです(プレトークで山田さんが語っていました)。ソリストは,ベルリン・フィルのコンサートマスターとしてもおなじみの,樫本大進さんでした。

最初に「待望の」と書いたのは,やはり後半に演奏されたエルガーの交響曲第1番を実演で一度聴いてみたかったからです。プレトークでは「英国のオーケストラなら英国の曲を」という山田さんのこだわりが紹介されました。知名度のそれほど高くない作品(英国内では初演時から人気は高かったようです)を金沢で取り上げることは,一種の「冒険」だったと思います。まずは,この選曲に拍手したいと思います。

今回は3階席
もう少し近くから撮影

前半に演奏されたブラームスのヴァイオリン協奏曲の方も,金沢では比較的演奏される機会の少ない作品です。山田さんと樫本さんは「同い年の友人」(プレトークで紹介していました)ということで,独奏とオーケストラとがしっかりと組み合ったスケールの大きな演奏を聴かせてくれました。

第1楽章の導入部からバーミンガムのオーケストラは,落ち着きのあるサウンド。オーボエの滑らかな音が加わり,さらに高級感が加っていきました。弦楽器の力強く,引き締まった音も素晴らしく,ブラームスにぴったりの骨のある響きを楽しませてくれました。

その後,樫本さんの独奏が大見得を切るように入ってきました。今回は3階席で聴いていたので,楽器のダイレクトな迫力まではよく分からなかったのですが,樫本さんの音はビシッと引き締まっており,緻密さを感じました。憧れに溢れたメロディを大きく丁寧に歌い上げていましたが,全体の形は崩れることはなく,がっちりとした聴きごたえを感じさせてくれました。スケールの大きさと精密さとテンションの高さがバランス良く共存した見事な演奏だったと思いました。

展開部になるとさらに起伏のある音楽を作っていました。堂々とした響きがステージ上に立ち上がってくるようでした。樫本さんとオーケストラが一体となって作り出す,弱音部分での何とも言えず詩的な空気感も魅力的でした。

カデンツァは定番のヨアヒム版でした。重厚さと同時に緻密で静謐な世界を感じさせてくれました。最後の部分での,独奏ヴァイオリンの息の長い歌わせ方とその後に続く,オーケストラの力強い響きも見事でした。

第2楽章は,まずはオーボエが素晴らしかったですね。「ただ者ではない」という響きでした。肉付きの良い,全く傷のない音で,息長~く酔わせてくれました。このオーボエに導かれて登場した,樫本さんのヴァイオリンも憧れに溢れた音。じっくりと聴かせて聴かせてくれました。管楽器の活躍も印象的で,素晴らしいソリスト集団だなと感じました。楽章の最後は,樫本さんのヴァイオリンを中心にじわじわとテンションが盛り上がり,ロマンの世界が大きく広がっていました。ブラームスの緩徐楽章の素晴らしい演奏を聴いた時に時々思うのですが...晴れた夜空に輝く星を見上げるような気分に浸らせてくれますね。

第3楽章はエネルギッシュでした。オーケストラも独奏ヴァイオリンも力み過ぎることはなく,キビキビとした感じでテンションの高い音楽を作っていました。樫本さんのヴァイオリンでは重音になる部分の迫力も素晴らしいと思いました。ティンパニの締まった音も音楽全体のテンションを上げていました。

コーダの部分はさらにリズミカルで,生気に溢れていました。終結部の直前,一旦テンポをぐっと落とすのですが,この部分でのフッとため息を付くような樫本さんのヴァイオリンの響き。これもクール。そしてテンションたっぷりの全奏で全曲が締められました。お見事という演奏でした。

樫本さんによるアンコールはありませんでしたが,この日の演奏の場合,「立派なブラームスを聴いた」という印象を残すだけで十分と思いました。

後半のエルガーの交響曲第1番は,私自身実演で聴くのは今回が初めてでした。編成は,ハープ2台を加えた3管編成で,打楽器にはティンパニに加えて,大太鼓,小太鼓,シンバルも入っていました。

第1楽章冒頭から,大編成だからこその豊かな味わいがありました。さりげなく低弦で始まった後,コントラバスの歩みの上に,この曲全体のメインテーマといっても良い「威厳のある主題」が出てきます。この部分での,熱い情がこもっているけれども,しっかりとした品格も保っているような,絶妙のバランス感覚が良いなと思いました。

主部に入るとパッと気分が変わり,ほの暗い感じの中,色々な表情の音楽が交錯する感じになります。色々な楽器が活躍し,違う景色が次々と出てくるような感じになります。山田さんの指揮の下,それらをがっちりと組み合わせていく強靱な構築感が素晴らしいと思いました。こういった部分をCDなどで聴くと「どこかとらえどころがない」感じるのですが,今回のようなくっきりと描き分けられた実演で聴くと,生々しく音が飛び交う音の饗宴のように響きます。それでいてやり過ぎ感はなく,最初の威厳のある主題が戻ってくると,どこか優雅な気分に落ち着いていく辺りが,この曲の魅力だと思いました。そして,今回の演奏の素晴らしさだと思いました。

第2楽章は,ドンという一撃の後,ほの暗い気分で速い動きが続く,スケルツォ風の楽章。しばらくして,プレトークで山田さんが紹介していたとおり,映画「スターウォーズ」シリーズの「帝国の逆襲」のマーチのようなメロディが出てきます。ただし,ダースベイダーが出てくるような邪悪な感じはなく,英国のファンタジーといった軽快な味を感じました。この楽章では,打楽器も活躍しており,ファンタジーの世界がさらに立体的に膨らんでいました。

第3楽章は美しく,暖かみのあるカンタービレ。感動的な気分があるのですが,ラフマニノフの交響曲ほどは甘くない感じで,気分が盛り上がるのを静かに抑えているような「節度」を感じました。この楽章では,弦楽器の清冽さが素晴らしいと思いました。そして,大編成で演奏する弱音の魅力のようなものも感じました。バーミンガム市交響楽団の響きには,どこか人懐っこさのようなものもあるなと思いました。静かな感動がゆったりと広がっていくようで,英国の自然に浸っている気分にも近いのかなとも思いました。

第4楽章は,何か起こりそうな不穏が気分で開始。その後,厳粛さとスピード感が合わさった感じで力強く盛り上がっていきます。この辺での,「きっちりと整理された音の饗宴」という感じが山田さんの指揮の素晴らしいところだと思います。最後の部分では,第1楽章の最初に出ていた「威厳のある主題」が再度登場するのですが,ここではさらに華やかな感じになっており,熱いカンタービレに。山田さんは指揮台を降りて,弦楽器メンバーに直接的に思いを伝えるような指揮振り。こういうスタイルの指揮は...初めて見る気がします。曲の最後の部分は,トランペットがヒロイックに登場し,ティンパニがバシッと一撃を決め,スカッと終了。

わが家にあるCD(エイドリアン・ボールト指揮)で聴いた感じだと懐古的で重い感じ(これも得難い味)がしたのですが,今回の山田さんの指揮,そして実演で聴くと大変鮮やかで,確かに懐古的ではあるけれども,過去の栄光を取り戻し,さらに未来に進んでいく...といった前向きさを感じました。そしてバーミンガム市交響楽団のパワーを実感しました。50分ぐらいの長い作品ですが,この最後の最後の部分での強靭なクライマックスは,お見事という感じでした。

というわけで,(今後いつ聞けるか分からないので)実演で聴けて本当に良かったと思いました。

アンコールでは,英国の作曲家ウォルトンによる映画「スピットファイア」前奏曲という曲が演奏されました。金管楽器を中心に盛大に鳴らし,しっかりと歌った後,行進曲になっていくような作品。聴くのは多分初めての作品でしたが,アンコールの定番になっても良さそうなポピュラリティのある曲だなと思いました。

この日,紙のプログラムの配布がなかったのは「!」でしたが(時代の趨勢?主催者の新聞社の方針?),エルガーの交響曲という冒険的なプログラムを取り上げてくれたことに感謝したいと思います。「ビエンナーレいしかわ秋の芸術祭・国民文化祭」プレイベントという位置づけの公演ということで,こちらの方も応援をしたいと思います。

PS.

このツァーでは,毎回,山田さんによるプレトークを行っているそうで,この日も楽しい話を聞かせてくれました。このオーケストラの特徴として,「スマイル」「パワフル」「お客さんとの交流」といったキーワードを上げていました。そういえば,アンコールの後は,山田さんを含め,全員で手を振って終了。こういう光景は,海外のオーケストラではあまり見たことはないかもしれません。


終演後ははげしい雨。そのせいか,ガルちゃんが多数集まっていました。

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